昨今、エヴァちゃんと終わらせて庵野さん作家として偉いという風潮がありますが、あんだけ時間とリソースつぎ込んだらそらコンプリートできるだろうというのが最近の持論、異論は認めます(導入文
「一方通行な会話」
いつどんなシチュエーションでも、「一方通行な会話」というのは存在しており、それは時として有益ではありつつも、多数はあまり幸福な結果をもたらさない、という語感は誰しも感じるところと思います。
中学2年生の私は、夏休みにロス・アンジェルス、リトルトーキョーにいました。
今思えばそれはバブル崩壊直後の1991年頃。
唐突に家庭内で企画された約10日間の父子2人のアメリカ旅行。
家族4人は行けないけれど、長男の私には先立って海外を経験させてやろうという両親の親御心か、私にとっては初の海外旅行でした。
母と妹を残し旅立つ父と僕夏の日の1991。
70年代、バックパッカーとしてアジアを旅した父は、当時最先端の文明「ライター&ボールペン」と引き換えに現地の宿に引っ張りだこになった、といったような数々の眉唾な武勇伝をよく話してくれました。
そんな父は、比較的適当な英語を駆使して、私の人生にとってすばらしい珍道中を提供してくれたのですが、それはまた何かの折に。
…
旅の途中、ロス観光のメッカであるリトルトーキョー、日本人街を訪れた私は、一人の黒人に握手を求められました。
今現在に輪をかけてピュアな当時中2の私は当然握り返します。
黒人「what’ your name ? 」
私「ま、まいねーむいず、も、もん…??」
黒人「Oh! もん! ef0%65efafd #&liuytk#$tq’)*+**ZXDF#$(早口)」
…いたた、力強すぎ離して
黒人「%SDRG%’JGHDW$ET}」
黒人「HJRYURTYURYU」
なんかお祈りしてはる~
黒人「KUITUI”!!!!!!!!」
黒人「=#RTRTYDRTEM!!!!!!!!!!!」
黒人「=#RTRTYDRTEM!!!!!!!!!!!」
黒人「=#RTRTYDRTEM!!!!!!!!!!!」
…何、何いってんのこの人、なんか俺祈られてる、ていうか手離してっ。
繋がれた手は力を増すばかり。
あ、これなんかあかんやつなんか?
と、社会経験皆無の中2小僧の脳内にようやく理解と恐怖が乱舞し始めたその時
近くにいた白人男性が黒人にいくらかのコインを手渡し、一言彼に声をかけました。
~~~♪
黒人は即座に私の手を離し、にこやかな笑顔で去っていく。
….
気づけば父が一言、白人男性にサンキューと声をかけていた。
白人男性は “welcome!”と。
当時の私は気が動転したままその白人男性の姿がとても格好よかったのを覚えています。
今思えばすごく複雑な立場が交錯していたにも関わらず。
おそらく親子二人がなすすべなく固まっていたその初体験の物乞い事件は、
道中いろんな楽しみ驚きつらみが合った中で、一番心に残っている出来事です。
….
更新の間があきすぎ、前置きが長くなりすぎました。
そう、「一方通行な会話」
我がリキシャにおいても常々成立しない会話があります。
百聞は一見、下記ムービーをどうぞ。
うん、わからん。
今風な機械AIとの対話ではなく、前世代中央集権マシンの一方的な命令に聞こえる。
これはちなみに車載オーディオユニットです。
カーステです。
そして、エンジンつけるたびにこの起動音声が流れます(※厳密には流れてました)
何事もないように動画上げてますが、最初車体納品時、このオーディオユニット壊れてました。
その後ディーラーさんから代替のユニットが届いたのですが、それも壊れておりました。
もうこいつ購入してからは、壊れてる状態がデフォルトと調教されているので、特に驚きもせず、ディーラーさんの指示通りハンダ付けで修理してスイッチ入れたのが上記ムービーです(動いたときは嬉しかった!)。
機能的には、見かけによらずBluetooth完備、スマホとつながり悪くないステレオスピーカーでゴキゲンなサウンドを鳴らしてくれるいいシステムなのですが、その後また一ヶ月で壊れてしまったため、現在は沈黙した状態。。
稼働中、子供の送り迎えにアンパンマンのテーマをかけてごきげんとることができたのが唯一のメリットでありました。
再度修理して鳴らせるようになったら、淡路島西海岸を大音量で流して動画でも作りたいと思うのですが、この連載共々、気長にお待ちくださいませm(_ _)m